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| 質問
患者さんのご家族の精神的、肉体的な力にかなり不足があっても、ケアのチームがしっかりしていれば、在宅死は可能なのでしょうか。 |
岡部
問題点は医療と介護と文化の問題に分けてディスカッションしないと、混乱すると思います。肉体的な部分というのは、介護の問題ですから、サポートのしようがあります。ヘルパーを入れる。ショートステイ、デイサービスで、がんの患者さんでも使えるシステムづくりをしていくということがその部分になるだろうと思います。
精神的な部分では、やはり千差万別ありますから、うちでも5%ぐらいの患者さんが施設を選ばれ、そこで亡くなっています。見ていると、インテリ、特に医者がつらいです。僕も今、医学部の同級生を1人診ているんですが、大変です。
自分史の中で、死にまつわるファクターを完全に捨ててきてしまった人が現にいることは事実だと思います。それは10%に満たないと思うけれど、ケアがなかなか難しい。ただ、ケアが難しいからといって、施設でケアできるかというと、なかなか難しい問題があります。
アスコで鎮静が10%ぐらいですよね。精神的な苦痛で鎮静を求めて、最後は眠ったような状態を希望される方が出てくるのは、この部分ではないかと思います。めったにはないですが、鎮静という手段もやはり用意せざるを得ない部分はあるだろうと思います。
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| 質問
がん以外の病気で在宅で看取れるようにするには、どうしたらいいでしょう。診療時間中で訪問ができたのに、突然、心筋梗塞か何かで倒れて、ご家族が救急車を呼んでしまい、不審死扱いになったケースがあったのですが。 |
岡部
がん以外の患者さんも診ていますが、がんでなくても、ホスピスケア対象群なのか、そうでないかをカルテにマークしておくようにしています。前もって元気なうちにご家族と話しておくということです。
外来の時期から10年ぐらい診ている患者さんでしたら、日常の診療の中で「病院で死ぬのは嫌だ」とういお話はよく伺いますよね。そういう場合、ご家族とも「もともとそう言っていたけれども、これだけの年齢になってくれば、突然何か起きることもあるから、その時は我々を呼ぶか、救急車を呼ぶか、前もって決めておこうよ」という形で対処する努力はしています。
良性の患者さんでも、ホスピスケア的な対処を中心にやるのか、急性期側の医療で対処するか、ある程度前もって決めておくことが重要だと思います。
その時にある程度の目安になるのが、全米ホスピス協会が出している良性疾患に対するホスピス適用です。そういうものを参考にして、「もうおばあちゃんはこういう状況だから、どちらかとうとホスピスケアというのを受けるほうに回っているけれども、どうでしょう」とか、「病院に行ったって、心筋梗塞が起きても、脳梗塞が起きても、いい治療方法はここから先はないと思うよ」といった形でご家族とお話をして、「いや、そうなんだよな。もう自然に任せるから」と言われれば、対応の仕方も決まると思います。
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| 質問
私もある年齢に達すれば自然死を考えて、ご家族と準備をしていくことを目指したいと思っているのですが、病院から退院した患者さんを受ける時、レスピレーターが付いていたり、胃ろうをしていたりすることが多い。そうした場合、どのようにお話をしたらいいでしょう。 |
岡部 在宅で看取りにきちんと関わっているチームが病院に影響力が与えられるようにならないと、適用のないポートの埋め込みや胃ろうの問題は変わらないだろうと思います。
うちでもALSの患者さんで、レスピレーターを付けている人を診ています。これもかなり適用がいい加減で、患者さんがレスピレーターを付けたくないと意思表示をしているのに、「呼吸困難を取るためには、レスピレーターしかない」と言われて、付けられてしまった。呼吸困難を取るには、モルヒネや抗不安薬などの薬という選択もあるのに、それが提示されていない。
病院の常識は在宅の非常識になっているんだから、そこをきちんと理解してくれと、ポートなどは過剰適用だということを、病院にきちんと説明していくことが今後の課題だろうと思います。おそらくこういう会で皆さんがお集まりになって、問題点を整理してやっていくのが一番いい方法なんだろうと思います。
幸いなことに病院に緩和医療の技術がないことは、厚労省は認定済みです。だから、緩和ケアチームを作っているわけです。地域連携室というのは、そこを通して逆に病院を変えてくれる窓口だという理解を我々がしないといけないと思います。
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質問
在宅で看取れると思って、家に帰ってきて、幸せな時間を一時過ごしても、いざ死ぬ時になると、やはりご家族はうろたえます。また、入退院を繰り返していて、入院するたびに元気になって帰ってきた患者さんの場合には、「もう1度入院すれば、もう1回元気になれるかもしれない」とう思い入れも強い。「病院でだめだって言うんだから、だめだったんだよね」という諦めが欲しい時もある。
私の診ているエリアの地域性かもしれませんが、死ぬ直前にうるさい親戚がたくさん来て、「病院にも入れないで、ここで何やってるんだ」と、か弱い立場のお嫁さんが責め立てられて、つらい思いをすることもあります。
その場合、ご家族が精一杯最後までやったと、患者さんの死後、悔いなく少しでも楽に心安く生きていけるために、最後を病院に受け入れて欲しい。なのに、病院から家族ともども「ここは霊安室じゃない」と怒られたりする。入れ替わり立代わり入ってくる若いドクターが「これをどうしろって言うんですか!」と救急外来で言う。その病院側の冷たさがすごいストレスになる。なんとかガツンと言ってやる言葉はないですか。 |
岡部
私だったら、そうした場合、家族も説得して、基本的にはうちで看取ります。おそらく今後の医療環境の中では、最後は病院に預かってもらうということはできなくなると思います。だから、早めにそういう習慣を地域の中からなんとか少なくしていかないとなりません。
誤解を持っている地域なら、地域教育をして地域の人たちの考え方を一緒に変えていくというスタンスが重要だと思います。小手先で病院に受け入れてくれということは、10年後、20年後には成り立たない世の中が来るわけですから。
死ぬ人の看取りの場をその家族がどう作るかということが大事なことで、今のお話で一番足りないのは、ソーシャルワーク的介入です。うちであれば、そこにソーシャルワーカーが入って、家族の調整などもうちのチームで動きます。もし、遠くのご親族などがご負担をかけるようなことがあれば、私のほうでも医療的なご説明をいたします。
うちではケアチームのスタッフの中でKJ法を使って、患者さんの問題を整理していくのですが、だいたい一番大きな問題は家族関係の問題です。医療よりもそちらのほうが大きい場合もあります。それなら、その視点で介入して問題を整理してあげる努力をしていくことが第一義的に大切だと思いますが。その上で、ぎりぎり病院でなければ難しいという場合は稀に存在することも事実です。そのケースに関しては、病院で受け止めてもらえるような努力もしますが、病院の側に期待しても、変わらないと思います。
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| 質問
先生のところは、DNRの意思表示カードを患者さんに持たせていますか。 |
岡部 まだ持たせておりません。欧米のホスピスケアプログラムは契約書から始まりますよね。DNRのところをどうするか、在宅酸素をやるか、抗生物質の投与を行うか、チェックをさせます。しかし、日本人と欧米人では意思決定のメカニズムが全く違うと思うのです。キリスト教文化圏のような契約関係の意思決定のシステムは日本にはもともとはありません。
政治制度や社会制度では契約型社会に移行せざるを得ないのでしょうが、人の生き死にの段階で契約のルールをそのまま取り入れることができるかは、今後の課題だという気がします。
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| 質問
日本人の宗教は仏教が主なのでしょうか。お迎えが来るというのも仏教的な考え方なのでしょうか。また、先生は宮城県にお住まいですが、我々東京近郊に住んでいる人は土着の人がほとんどいない。死生観についての説明の仕方も非常に難しいですが、仏教との関わりをどう考えたらいいですか。 |
岡部
ちなみに、彼岸、此岸とうい考え方はおそらく仏教ではありません。あの世観、この世観の原点にあるのは、縄文神道の考え方です。昔の縄文神道的な宗教から、仏教的な信仰、儒教も重ね、途中でキリスト教がうまい具合に重なって、日本人の宗教観というのはできているのではないかと思います。
信仰を持っていながら、宗教に属してないというのが日本人の特性だろうと考えます。日本人にも信仰があるというのは、祈る気持ちがあるからです。祈るというのは、人間の価値観を超えた価値がどこかにあるのではないかということを、きちんと意識しているということです。
日本人の場合には、グリーフについても簡単な話で、仏壇の前で祈るんですよ。祈って、だいたいは亡くなった方と会話をしています。会話をしながら、受容をしている。首都圏で、いろいろなところから人が集まってきていても、日本人には祈る気持ちがある。それが日本人の宗教性ということだと思います。
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| 質問
認知症の方に対するインフォームド・コンセントはどう対応すればいいでしょうか。 |
岡部
認知症の方に自己決定権はあるのかというお話ですよね。認知症は病気の問題ですので、家族を含めた意思決定を大切にしなければいけない症例ではないかと思います。
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