在宅医懇話会

症例検討1 
骨転移、脳転移、肝転移をきたした乳がん患者の1例

クリニックあしたば 沖田伸也Dr
千葉看護協会・訪問看護ステーション 権平くみ子Ns

<沖田Drからの報告>

症例の概要

 症例は47歳の女性です。夫と子ども3人の5人家族の方でした。私たちが入った2月当時の主訴は腰痛、下肢の脱力、それにしびれも伴っていました。また、上肢の筋力低下、食思不振、便秘等もありました。
 次に現病歴ですが、2006年の5月にA病院にて右の乳がんの診断を受けております。実家がそちらにあったので、以後A病院に通っていらっしゃいました。その年は7月から12月まで術前の化学療法を行い、2007年1月に温存術を施行。3月まで術後の照射をA病院に行ってやっておりました。
 その後少し落ち着いていたのですが、5月頃、A病院に車で通う途中、ちょっとした交通事故を起こし、そのとき検査をしたら、脳転移があったということです。その頃から失調、頭痛、腰背部痛があり、胸椎の多発転移が認められたということでした。6月から全脳照射、胸椎照射を行い、8月には家族が余命1年と説明を受けています。
 11月に脳転移が増大し、VPシャントを行って、γナイフを施行していますが、通って検査をするたびに新たな転移が見つかり、骨、肝という形で広がって、「もうこれ以上は照射できない。もう治療は無理です」という診断で、以後、症状緩和の治療のみとなりました。
 薬は鎮痛剤、オピオイド等が出ていましたが、12月に「通ってくるのは大変でしょう」ということで、B病院の緩和医療科に紹介されました。その後、薬を取りに行くような形で緩和医療科にかかっていましたが、在宅でなるべく過ごしたいということで、がんセンターから当院に診療依頼があり、2月7日に訪問診療を開始しております。この頃から腰痛と下肢の筋力低下が急速に進行しております。
 スライドは我々が訪問診療に入った2月7日から4月23日までの全経過83日を簡単な模式図にしたものです。これは訪問看護師の権平さんからいただきました。見ていただくとわかるように、最初はオピオイドを使い、NSAIDも使っているのですが、だんだんに薬の量が増えており、なかなか鎮痛が得られませんでした。
 3月の初めにB病院に受診し、放射線治療をやろうということになったのですが、もうそれができないという結論に至り、4日で退院されました。その後だんだん動けなくなってきて、ADLがどんどん下がっていきました。動けなくなってからはむしろ痛みはあまり問題ではなくなりましたが、寝たきりになってしまいました。

●千葉県がんセンター 整形外科 石井Drの解説●

 この方は私も診せていただきましたが、スライドのMRIは多分、昨年9月頃のものだと思います。第2胸椎と第9胸椎の2カ所ということで、ここは多分、放射線照射済みだったと記憶しています。その後にはもう下のほうもずっと全部転移がありました。そのため多分、私が「照射の適応はないでしょう」と話したのだと思います。
一つには照射をすれば一時的に良くなるかもしれないのですが、麻痺になり始めていて、そこは既に照射済みで実はもう照射ができなかったからです。麻痺の予防という意味で放射線かけるのはいいのですが、既に照射が済んでいるところのどこかが麻痺になる可能性があるところだったので、それに関してはもうかけられないという形でお話ししたと思います。
 両上肢の筋力低下の進行に関しては、第7頸椎や第1,第2胸椎におそらく病変が広がっていたせいだと思います。

訪問診療開始からの経過詳細

 2月7日の初回訪問時、痛みが著しい一方、眠気が強く訴えられていました。確認したところ、定時のオキシコンチンの飲み忘れが多いことがわかりました。薬の種類が多く、飲み方も複雑で混乱しており、それがおそらく疼痛コントロールに影響していたものと思われました。上肢の筋力低下で薬をシートから出しにくいというのも飲み忘れの原因だったようです。
 スライドに初診時の内服薬を示してあります。多くの薬が薬袋に入ったままで、その中でオキシコンチンとリンデロン、ノバミンに関しては、プラスチックの薬ケースに入れてありました。他の薬と異なる時間にオキシコンチンを飲んでいるのですが、さらにリンデロンとノバミンはコンチンの30分前に飲むようにと以前から指示されていました。そのために飲み方が煩雑になって、きちんと内服できていないという印象がありました。
 とりあえず初日でしたので、コンチンとリンデロンのみ定時内服にし、他は1包化して食後内服としました。その後、だいたい週に1回というペースで我々医師が訪問し、訪問看護が週3回ぐらい入っていました。
 腰痛や痺れを伴う痛みが下肢にあり、歩行障害がかなり急激に進んでADLが低下する中、本人は「寝たきりになるのは嫌。病状は理解していたつもりだけれども、進行して不安だ。動きたいけれども、体が思うようにいかない。子どもたちが心配でなんとか夕食を作ってあげたいが、作ることもままならず疲れて眠ってしまう」というような訴えをされていました。その思いから麻薬を増やすことに抵抗感や不安があって、飲み控えや飲み忘れにつながっているように感じられました。
 一方で痛みが日中に出るため、日中痛くなるとついついオキノームを飲んでしまうという繰り返しになっていました。そのためか「眠くて仕方がない」という訴えがいつもありました。起き上がりや座位を続けると腰が痛いという訴えがあり、オピオイドのさらなる増量を要しました。
 最初にアンケートを採ったのですが、「家に最後までいたいとは必ずしも思っていない」ということでした。「まだ治療が残っている」というようなお話をされ、本人は病院での治療を望んでいました。
 そういうこともあったので、放射線による疼痛緩和が可能かも知れないということ、そして病状の把握ということで、「がんセンターに受診したほうがいいですよ」と2月の末にお勧めしています。ご本人がそのときに一番関心があって目標としていたのが、反抗期でなかなか自分に従ってくれない次男の卒業式(3月12日)に出たいということでした。
 3月5日、ご主人から「本日がんセンターを受診して、そのまま検査入院となりました」という電話連絡がありました。私からがんセンターの外来予約を取って、これまでの経過を情報提供書に書いて渡そうと思っていた矢先のことでした。ご本人とご主人が自分で動かれたため、結局情報提供書をがんセンターに渡すことができず、後々薬の飲み方に大きく影響を及ぼすことになりました。
 その後、先ほどの石井先生の解説のように、骨転移が広範で照射による副作用が強いということで治療は断念され、がんセンターからオキシコンチンとオキノームが増量されて3月8日に退院してきました。
 その後、3月10日に担当者会議を行いました。その段階では家族の理解や協力が得られづらい状態でした。しかも母親である患者さんご本人が動けなくなったことで、家族の食事の仕度やその他の介助も不足気味になっており、対策が必要となっていました。担当者会議では、死期がもう既に迫っているということを果たしてどれぐらい理解しているのか、ご主人やご家族に理解してもらう必要があるということになりました。ちょうど春休みに入ったので、子どもたちにも積極的に手伝ってもらうようになんとか促していこうという提案があり、近々ご主人に話そうということになりました。
 3月13日に退院後初めて訪問した時には、「痛みはだいぶ取れた」というお話でした。ただ、意識混濁がかなり強くなっており、質問している途中でも会話が途切れてしまう。何かボーッと虚空を見つめるような様子がしばしばありました。その前日の12日の次男の卒業式にはなんとか出席されましたが、さすがに動くことが全くできなかったということで、もう外出は無理だと本人も覚悟をされていたようです。
 その日の夜にご主人とケアマネさん、訪問看護師さん、私の4人で会談をしました。話し合いの中で入院中に先生から痛み止めの頓服は痛くなる前に服用させたほうがいいと言われたので、がんセンター退院後は痛みが出ないように1時間ごとにオキノームを飲ませていた、ということがわかりました。
 「薬の飲み方が変わって、ようやく慣れてきたところで入院になって、退院前に薬が増えてしまい、どう飲ませたらいいか今、パニックになっている」というご主人の声もその時ありました。薬を与えていたのはご主人と娘さんでしたが、「わかりやすく飲ませられるように変えて欲しい」という要望があったので、それに対応しました。
 この話し合いで、その前に訪問した時の過度の眠気は薬に対する家族の誤解から生じているのではないかということを気づかされました。一応、その翌日からオキシコンチンはそれ以外と別々にして1包化し、薬カレンダーで管理するようにしてもらいました。
 3月24日の訪問時はもう既に寝たきりとなっていて、歩けませんでした。最初はおむつに対する抵抗感があるのではないかと思ったのですが、もう諦めていらっしゃいました。
 訪問当初、「治療ができれば病院に行きたい」と語っていたご本人でしたし、今回退院してきたのも、治療ができないからというより、息子さんの卒業式にとにかく出たいから帰ってきたということでした。ですので、この時点でもう1度「入院して治療したいか」と尋ねてみたのですが、「今はできる限り自宅で過ごしたい。入院はしたくない」と気持ちが変わっていらっしゃいました。
この日に私のほうから「今回の入院検査の結果転移が広がっていて、放射線治療は副作用の可能性が高く、今の体の状態では難しいという結論だった」とお伝えしました。
 その後はけいれんが起こったり、内服困難になったりして、デュロテップに変えていきました。また、熱が出て、酸素を使うようなになるなど、どんどん悪くなり、4月23日に亡くなっております。

<権平Nsからの報告>

ケアの概要

 私は在宅ケアについて関わったことをお話しします。ご本人は専業主婦で、お子さんたちは皆さんまだ10代でした。家にいるよりも自転車で近くの公園に散歩に出かけるのが好きな方で、趣味は写真でした。
 問題点は、疼痛、痺れ、筋力低下、そして眠気が強く、ADLがほとんど維持できていないということでした。
 日中は独居で、昼食が作れない、食欲もないし食べられないから抜いてしまうということが続きました。また、手に力が入らなくなってズボンが上げられない。子どもたちに「手伝って」と言うけれど無視されるなど、嘆いてらっしゃいました。トイレに行った時、一度転倒されています。
 2番目と3番目のお子さんがちょうど反抗期で、「ひどいことを言って、死にたくなったわ」などの発言もありました。長女の方は「お前のお母さんはがんなんだろう」と言われて登校拒否になり、次の学校への転入予定で家にいることが多かったのですが、訪問したときあまり出てくることはありませんでした。そこで関わりの視点として
@ADLのサポート A家族の支える力を引き出す B精神面の援助
の3点を上げて関わることにしました。
 体性痛のコントロールとして、オキシコンチンとレスキューのオキノームを飲んでいました。沖田Drから詳しく話があったように、最初は本人が薬を管理されて、その後、娘さんと旦那さんが管理をされていました。本人は麻薬に対して恐いイメージが強く、あまり飲みたがりませんでした。旦那さんのほうは苦しませたくない思いが強く、予防的に飲ませる傾向にありました。
 オキシコンチンのベースを上げても、レスキューの回数が減ることはなく、その都度その都度説明はしたのですが、初めの思い込みが強く、なかなか変わりませんでした。腰の痛みがあってもできるだけADLを維持させたいということで、状況に合わせて福祉用具を入れていきました。
 ヘルパーを入れることを相談したのですが、あまり他人に入って欲しくないという思いがあり、なかなかすぐには入りませんでした。近くの人だと自分のことがわかってしまうということで、ヘルパーさんも遠い方を希望されました。ヘルパーさんが入って昼食を作ってもらうと、「出来たてがおいしいから」と言って、11時頃朝食と兼ねて食べるようになりました。
 最初の頃、子どもたちは訪問しても部屋から出てくることが少なかったのですが、たまに出てきた時を見計らってケアを手伝ってもらいました。どんなささいなことでも、お母さんにして欲しいことを指示して関わりました。
 写真が趣味だったので、撮ってしまってあった写真を出してもらって、写真を見ながら思い出話等をお聞きしていきました。その時に子どもたちもベッドサイドで参加するよう働きかけました。
 近県に実家があって、80代のお母さんが出てきてくださり、C県にいる妹さんも来てくださってケアに参加したり、子どもたちのサポートをしてくださいました。これが非常に大きな力になったと思います。旦那さんは仕事があるため、朝と夕方はご本人と関わるのですが、仕事との両立は難しく、夜間に何回も起こされると少しイライラされる傾向にありました。
 末期になると、子どもたちもベッドサイドにいることが多くなり、旦那さんと長女さんがおむつ交換の役割を担っていました。また、食事を取れなくなった時、一番お母さんに心配をかけていた次男がオレンジジュースを凍らせることを考案して作ってくれて、ご本人はそれをとても喜んで食べていました。ある時は丼1杯近く食べたこともありました。
 本人の思については、最初の頃、次男の学校の同級生のお母さんが興味本位で訪ねてきたり、「かつらでしょ」などデリカシーのない言葉をいろいろと言われ、すごく辛い思いをされて人間不信になってしまわれました。そのために外に出るのには抵抗がありましたが、やはり外に出たいという思いがあり、4階に住んでいてエレベーターはなかったのですが、2回ほど階段昇降されて外出されています。
 次男の卒業式のときは車椅子で参加されました。入学式にも出い思いがあり、本人は出る気で「お化粧して」と仰っていましたが、もう寝たきりの状態で無理ということで、ご家族がビデオを撮ってきてそれを見ていました。
 亡くなる2日前、お風呂に入りたいという要望がありました。その前にも訪問入浴を2回ほど行っています。最初はこわごわだったのですが利用されて気に入られていました。発熱と共に旦那さんが心配し、訪問入浴を休んでいました。亡くなる2日前にも熱はあったのですが、入りたいという希望があり、ご家族と相談して訪問入浴を行っています。それはとても気持ちよかったと仰っていました。

まとめ

今回のケースでオピオイドの服薬に関して、導入時の説明が後々まで影響していると感じました。導入時の説明をどの程度するか、1回では不十分なのでその後継続してどう行うかが今後の課題だと思います。
 ADLを支えるには、福祉用具、ヘルパー、訪問入浴などとの連携がとても重要になります。その連携を取るにはケアマネージャーとの連携も必然的に必要となります。また、ケアはご本人だけでなく、ご家族も対象となります。私たちが看取るのではなく、家族の看取る力を引き出すのが私たちの役割だと思っています。つまり、在宅ケアはご家族とご本人が対象となり、いろんな職種の方とチームを組んで関わることが大事だと思いました。そして、ご家族もチームの一員であるということを痛感しました。以上です。

<症例検討会>

放射線照射の適応について

沖田Dr 今回は骨転移痛ということに対して、医学的な治療というよりも、どちらかというとケアに重点を置いて発表した次第です。
 2月ぐらいから急速に病態が進行し、ご本人がご自宅で担っていたいろいろな役割がこなせなくなっていく。子どもさんも成長期で問題が多い中、かなり悩んでいらっしゃいました。そのため、一種のパニック状態に陥るような感じがありましたが、それが一つには痛みとなって増幅していたのではないかと思います。オピオイドに対して恐れがあるという発表がありましたが、そういったものにも結びついていたのではないかと強く感じた次第です。今回はそういったケアと骨転移痛をつなげて検討していけたらと思っております。
 それともう一つは石井先生からいろいろな症例を呈示していただき、放射線の効くがんと効かないがんがある、あるいは見つけにくい場合や見落としやすいものがあるというお話でした。在宅の立場からなるべく早めにそうしたことを検討して、がんセンターなり専門の機関に送ることが大事だろうと感じました。ただ全身状態がどんどん悪化し、進行していく中で、そのタイミングを見つけるのは難しいと感じることもあります。この症例の場合も短期の照射の可能性があったのでしょうか。
石井Dr この方の場合はかなり難しいと考えます。乳がんで治療されている方は経過が長い場合があるのですが、あるところから急に病気が変わって非常にラッシュになるということがあります。この症例はそれに当たると判断しました。
 2月にがんセンターで照射をするかしないか検討し、4月に亡くなられていますので、もしやるとすると痛みを取るということで腰椎に1回照射で6Gyとか8Gyかけるという適応はあったのかもしれません。ただし、1回かけたら、1週間ぐらいは多分具合が悪くなるので、それをどう評価するかだと思います。
 放射線治療は3Gy×10回だとすると、だいたい入院になりますが、ポンと1回だけでしたら、在宅の方で通院で受けられます。放射線照射の検討・治療計画のためにCTを行うのですが、結構硬いCTの台に仰臥位で30分寝ていられれば、照射を考えるというのが放射線科のドクターの見解です。
 実は全国的に放射線をかけるがんが増えています。放射線照射の機械が進歩したので、対象になる患者さんが増えたわけです。前立腺がんも、おそらく肺がんの初期についてもこれからは手術しないで放射線治療で済むという形に変わってくると思います。そのため、どんどん放射線の治療が忙しくなっている状態で、すぐには治療が受けられないのが現状です。
 整形外科に紹介していただければ、照射の適応があるかどうか診察します。その後もう1度か2度来て放射線治療をすることになります。放射線科ではだいたい1ヵ月以内には照射ができるようにと考えているようです。
沖田Dr そうすると、やはりスクリーニングとして最低限、骨シンチをやるべきなのでしょうか。
石井Dr 骨シンチは結構寝ている時間も長いですし、それだけではわからないことが多いので、まずは痛みのあるところのレントゲンでいいのではないでしょうか。整形外科や放射線を照射する立場からすると、頸椎から大腿骨のキンイまでCTを撮ってもらうのが一番望ましいです。それなら1分寝ているだけで済みますし、骨シンチよりも安いですし、全部見ることができます。必要があれば、がんセンターでもCTは撮れます。初診でもうどうしても必要だという緊急性のある人については撮りますので、そういう形で診ることはできます。

病診連携の状況

鈴木Ns 先ほど沖田先生から放射線適応があるかどうか外来受診をしてもらおうと思ったら入院になってしまい、診療情報提供書も渡せなかったという話と、退院の時にオキシコンチンががんセンターから出されていたという話があり、入退院に関わる問題も少しあったように感じました。がんセンターの地域連携室の木村さんからその辺りの連携についてご紹介いただけたらと思うのですが。
木村Ns このケースはA病院からご紹介を受けて、緩和医療科の外来の門を直接叩いたというような形でした。以前もかかったことがあるという患者さんだったと思います。そこでもう少しおうちにいたいということで、入院予約ではなく在宅のほうへということで、私が沖田先生と看護協会さんのほうを紹介してつながせてもらいました。
 おうちにいる間も沖田先生からも直接お電話をいただいて、少し痛みが強くなり、放射線治療の適応があるのではないかということで、それを緩和医療科の部長の渡辺先生にご相談して、その後は先生同士で直接お話をしていただいたのだと記憶しています。
 私のほうで受診予約をしたというより、渡辺先生がそのままおそらく整形外科のほうに相談をしながら「入院をして検査をしてそれで判断を」というお話になっていたように思います。
渡辺Dr このケースは実は初めは放射線治療をする方向で話が進んでいました。整形外科からは腰椎に限局して1回照射ということで放射線科のほうに回って、放射線科のほうから骨シンチをやってくれという依頼がありました。
それで撮って、あとは胸椎に照射しているから、そちらの照射録が欲しいということで、A病院へ問い合わせをし、週明けには放射線をかけるということになりました。行ったり来たりでは体の苦痛が強く、「それだったらもう入院します」ということだったので、そのまま入院にしました。
 それで、腰椎に1回照射ということで話は進んでいたのですが、放射線科のほうから仙骨や骨盤の仙腸関節もかけないと意味がないということになり、そこでストップをかけて本人と相談をしました。骨髄抑制が心配だったので、やめたほうがいいのではないかという話をしたら、本人もやめますということで、そこで退院になったという経緯です。
 それから、服薬指導に関してはご主人がガンと立ちはだかっていて、患者さんの薬については全部ご主人経由で話が進むという感じでした。その辺が是正されないまま退院になってしまったという状況です。
鈴木Ns 在宅で診ている患者さんが病院に外来受診すると、そのまま入院になってしまうことがあります。なぜ入院なのか、入院している間何をしているのか、その間病院の先生が何を考えて時間が過ぎて行ってるのか、どういう状態で帰ってくるのか、常にいつもわからないことが多いので、今、渡辺先生のお話を伺って、日夜いろいろなところと連絡を取られたり、病院の先生方も苦労して診てくださっていることがわかりました。ありがとうございました。
沖田Dr 治療の適応があるかもしれないということで、病状が十分理解できないままに訪問に入ることが多くあります。一応、がんセンターはすごく整っていて、CDで画像を送っていただくのですが、それが随分前のものであったりすることもあります。在宅側では常に今の状態を知りたいのですが、検査は限られた中でするしかありません。でも、急速に病状が変わった場合については知りたいところです。場合によっては簡単な検査をすることも必要になってくることが今後はあるかなと思いました。
 それと情報提供書を送らなかったことで、この方が帰ってきてからご主人がパニックになってしまいました。ちょっと薬の飲み方が変わっただけだったようにも思ったのですが、渡辺先生も仰ったように、ご主人が1人でみんなコントロールしていて、自分の頭の中で築き上げてしまったのかもしれません。
「痛みが取れるように十分麻薬をやったほうがいいですよ」というのも、逆に「痛くなる前にどんどんやってください」と取ってしまったのかもしれません。そこはむしろ訪問する医師や看護師がバックアップしていけばいいんだろうと思います。ただ、まだまだ病院と在宅医の間での情報のやりとりが十分ではないと今回感じた次第です。先ほど看護師さんからもオピオイドを出す時の導入時からの十分な説明と飲み方の指導ということが指摘されていましたが、単に飲み方というより悪くなったときになるべく飲みやすいようにするとか、在宅で誰がそれに関与するかも後になって大きな問題として出てきます。そういったことが治療一つひとつに反映するようになると、さらにいいかなあと今回感じました。
 私としては病院から在宅に移行するときに、もっと移行がなめらかに行くようになればと思います。
Dr 今、沖田先生の仰った連携の悪さのことなのですが、最近、私も少し感じているところがあります。がん対策基本法でも、最初から緩和医療スタッフががんの治療に関わるということになっています。それがどうも今までのがんセンターだと、「治療のやりようがなくなったら緩和医療科に行け」というような暗黙の了解があったような気がするんです。
 最近は緩和医療科に行く道もあれば、在宅のほうにも初期の段階から来るような患者さんも増えてきています。診療科にかかって治療を続けながら、在宅のほうにも来る。そちらのほうの連携が今ひとつ悪いのではないかと感じます。
沖田Dr 連携という面では確かにその問題が含まれていると思います。これはまたそういうテーマで別に出していってもいいのではないかと感じます。
Dr 今お話が出たので、少しテーマとはずれますがお願いとして。沖田先生の症例もそうですが、在宅で診ていて、いろいろな相談をがんセンターにお願いしてまた戻ってくる場合、ぜひ患者さんが動くのではなくて、周りの我々が動き、患者さんはどうしても動かなければならないときに動くという仕組みを今後のテーマの中にぜひ含めていただきたいと思います。
 今回の症例でもそうですが、患者さんの環境が変わるというのは疼痛緩和の観点から見ても非常に問題が大きいだろうと思います。本編とはずれますがぜひ今後のテーマとして考えていただきたいと思います。

PCAポンプの使用が有効だったのでは

鬼頭Dr 私もかなり在宅で末期の患者さんを診ていますが、この患者さんの一番の問題点はやはり家で十分に痛みが取れなかったことだと思います。その原因がやはりオキシコンチンを含めた内服薬がきちんと服薬できていないことだと感じました。
 うちではそういう患者さんには早い時期に皮下注あるいは静注でPCAの持続注入を行っています。小さなポンプですので、ほとんど違和感なく患者さんは付けられます。そこにモルヒネを入れ、さらにこの方は脳転移もあるようなので、ステロイドを入れたりして、それで痛みが十分取れない時には1回プッシュをすると、1時間分早く入るということで、患者さんでも夜間の痛みをコントロールできます。
 さらにそれでも痛みが取れなければ、次回追加する時には濃度を徐々に上げていくという形で、早い時期にPCAを使用しますと、ほとんど内服しないでも痛みをコントロールすることができると思います。
 それが在宅で最初難しいのであれば、入院の時期にPCAを試行して、そのまま在宅に持っていくということをやっています。患者さんにとっては麻薬を飲むという感覚がなく、自然に痛みが取れていくということで安心感があると思うので、うちではそのようにしています。
高橋Dr 今の意見に全く賛成です。私もスライドを見た瞬間に、これは持続皮下注だという画像でした。どうしてかというと、モルヒネに対する抵抗感以前に脊椎転移があると、だいたい早晩麻痺が出ることが多くあります。やはり経口薬の吸収というのは非常に不確かな状態にあり、そういう意味でももう薬理学的に経口薬と非経口投与の換算では合わないぐらい非経口投与のほうがよく効くことがあります。
 特に脊椎麻痺が予想される辺りで腸管の動きも悪くなりますので、そういう意味で経口投与にあまり頼らないほうがいいのではないかというのが私の持論です。実際に経験上も同じオキシコンチンで換算してやったモルヒネが非常に効くということは、しばしば経験することです。
 それから、骨転移に対する、特に脊椎転移に対する薬の使い方のことですが、ステロイドは非常にいいと思います。あとは患者さんの骨転移による痛み、脊椎転移による痛みは何で困っているかというと、たいがい骨痛による痛み、それからいわゆるニューロパシック・ペインです。足が痛い、手が痛いという二つの要素があって、その要素の割合がだんだん麻痺が進行するに従って変わってきます。ですから、それによって薬の使い方も本当は微妙に変えなければなりません。NSAIDの非経口投与というのはなかなか在宅で難しいので、ステロイドと麻薬になるでしょう。
 それから、ニューロパシック・ペインの状態が非常に強い時はやはりケタミンを少量でも入れることです。1日50mgとか100mg混ぜてあげるとか、キシロカインを混ぜてあげることは在宅でも十分にできると思います。もちろんそれでPCA機能のあるポンプを付けるというのは大きいと思いますけれども、持続で行ったら、定時の投与をそれに変えるだけでも、だいぶ違うと思います。
沖田Dr 私はPCAポンプを持っていたのですが、そういう頭が働きませんでした。今後、役立てたいと思っております。

高カルシウム血症への対応

小川Dr 検査中に高カルシウム血症にならなかったのでしょうか。
沖田Dr それはありませんでした。
小川Dr 骨転移の方で高カルシウム血症になって困る場合はどのぐらいあるのか、石井先生に伺いたいのですが。その場合のゾメタの使い方も併せて教えていただければと思います。
石井Dr どのぐらいかというと難しいのですが、多発骨転移の患者さんの場合、必ずカルシウムを測ります。それから食欲不振や傾眠があれば、また測る形です。ゾメタは基本的にアレディアよりも強いので4mgです。
一応、がんの骨転移の骨折予防は1ヵ月に1回、高カルシウム血症の場合は2週に1回が原則です。ただ、ひどい方ですと1週間でもう値が上がってくる場合があるので、1週間おきに使うような患者さんもあります。そうなってくると、もうギブアップに近い状態だと思うのですが、基本的にはそれぐらいの使い方です。今はむしろ少ないというのは、もしかしするとゾメタがベースで入っている方が多いので、減ってるのではないかと思っています。

薬局、薬剤師との連携の問題点

Ns オピオイドの服薬の指導というところで、薬剤師さんはどう関わっていたのでしょうか。先生のほうが処方されて、そこから薬剤師さんから処方されて来るのではないかと思うのですが。薬剤師さんが指導にどう関わっていたかお聞きしたいと思います。それともし看護師さんのほうから服薬指導に関して良かった点があれば、教えていただけたらと思います。
権平Ns 最初訪問で関わった頃からもうオピオイドは飲んでいらっしゃったので、わかって飲んでらっしゃるのかなと思っていました。ところが経過を見ていて「おや?」と思ったことが何点か出てきました。
まず服用の時間を決めておらず、飲んだり飲まなかったりというのが目立ちました。また、副作用の便秘対策もきちんと理解されていませんでした。元々便秘症の方で、下剤を飲んでいらっしゃったんですが、「このぐらいの便秘、平気よ」という感じで、無頓着であまり副作用を意識されていませんでした。
 あとは飲めなくなってきたときに家族が非常に考えてくださって、他の薬をみんな粉にしたんですが、オキシコンチンも粉にしようとして一生懸命やったけどなかなか割れなかったとか、「おやおや」ということが出てきました。
 私のほうもその辺を確認すれば良かったのですが、もう開始になっているから、わかっているのかなと思っていて、それが後からの反省点です。最初から何回も確認していかなければいけないなと感じました。
 この方の薬は薬局の方が届けてくださっていましたが、届けて数は確認してくださるんですが、あまり薬のことは説明していませんでした。分包になっていたため、握力がなくて自分でパッケージを開けることもできないから、1包化にしていただきました。オキシコンチンは別になっていましたが、むいたまま入っていて、袋には何も書いていない状態だったので、ご本人が「ちゃんと見てわかるようにしてください」と言っていました。
 薬は家族が最初揃えてケースに入れていてくれたんですが、数が多くなって見づらいのと、時間で飲まなければいかないということで、一目でわかるように服薬カレンダーというのを提案しました。それも薬剤師さんのほうで手配をしてくれないか話をしたのですが、そんなことはしていないということで、いろいろ調べて購入してもらって使っていました。
沖田Dr 一般的に訪問でお薬を届けてくださるところは結構出てきているんですが、正直なところ、私たちがきちんと薬剤師さんに情報を提供していない部分もすごくあります。処方はするけれども、病態や状態をよく知らないで訪問薬剤師さんが入っている場合がとても多いんです。ですから、自信を持って「この薬はこういう状態だから、こう飲みなさい」と言うことが難しい。
 薬局から報告はいつもいただいているんですが、こっちが薬局に対して情報を出していないというのが多い。薬局からの報告にあるのはだいたいが「この方はこういうふうに飲んでいます。だから、こういうふうにしたほうがいいと思います」という我々に対する提言です。でも、そうした提言を患者さんのほうには出していない。出せないということだと思いますので、やはりそこは課題だと思います。もっとやっていかないといけないんですが、なかなか難しくて、いつもさぼってしまうところではあります。大きな問題点だと感じました。

子どもたちへの病状説明

Dr この症例でお母さんの病状についてお子さんたちが理解されていなかったように思うんですが、どこかの時点でお話しされてこなかったんでしょうか。
権平Ns 病名の告知はA病院でされていました。こちらから訪問が入ったとき、お父さんからの情報では「息子たちも余命は聞いている。本人だけは余命は知らない」ということでした。ですから、訪問に入る半年ぐらい前から告知がされていたようです。その時に長女がちょっと精神的におかしくなって、旦那さんの実家の長崎のほうに一時預かってもらっていたことがあったそうです。でも、「最後までお母さんの近くにいたほうがいい」という親戚のアドバイスで、またおうちに戻ってきたということでした。
 私が感じたのは、家族たちはもう病気のことはわかってはいるけれど、感情がついてこない。頭ではわかっているけれど、「お母さんは本当にいなくなるんだよ」という感情がうまくついてこないということです。だから、今、いい時を過ごさせてあげたいという思いはとても強くありました。

経皮的椎体形成術、骨セメント、ラジオ波の適応

宍戸Dr 椎体の骨転移ということで、石井先生に教えていただきたいんですが、最近、骨セメントやラジオ波の照射、経皮的椎体形成術というのはどれぐらいの頻度でやられていて、効果はどうなのでしょうか。
石井Dr 経皮的な椎体のセメントを入れるというのは、多分、保険適応になっていないはずです。高度先進医療で金沢大学など一部でやっているだけで、千葉大学ではやっていません。千葉でもやることを検討しましたが、倫理委員会を通してきちんと行わなければならないという縛りになっていると思います。骨転移でない症例にセメントを入れているところはありますが、骨転移がんにやっているところは千葉ではほとんどないと思います。ラジオ波も同じで、治験的な形でやっていると思います。
 効果はあると言われていますが、セメントが折れてしまえば麻痺になってしまいますから、簡単にはできない。特殊な症例に限られると思います。 ≪2008年5月11日 在宅医懇話会第3回研修会≫
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