在宅緩和ケアにおける疼痛管理のポイント
帝京大学医学部総合病院麻酔科(ペインクリニック) 高橋秀則
略歴
1984年東京大学医学部卒業。1990年に帝京大学の千葉総合医療センター(旧・帝京大学付属市原病院)ペインクリニック科の助手を経て、3年ほどの留学を挟み、2006年まで帝京大千葉総合医療センター・ペインセンター教授を務める。2007年より帝京大学医学部総合病院麻酔科(ペインクリニック)教授として緩和ケアチームの起ち上げに関わっている。専門分野はペインクリニック、緩和医療、在宅医療、東洋医学。特に在宅ターミナルケアを中心に臨床活動を行ってきた。
在宅ケアは病院医療の持ち込みではない
今日は皆さんもう3つも立派な講演を聞かれて、特に在宅の実際に関しては、最後の宍戸先生が私も全くその通りだと思うような、本当に素晴らしい講演をなさいました。ですから、私のしゃべる余地がなくなってしまったんですが、まとめのような話と少し私の独断と偏見も入りました考えを述べさせていただいて、問題提起にさせていただきたいと思います。
市原病院時代に診させていただいた患者さんで、「絶対にモルヒネは使ってくれるな」と言って、おっかない顔をずっとしていた方がいました。病名は甲状腺がんの肺転移で、イレウスを結構起こしたりして、お腹も痛くなったりしたんですが、なんとか最期まで看取ることができ、亡くなる前の日にやっと写真を撮らせてもらえました。まだちょっと眉間にしわがよっていて、もうちょっと笑ってくれと思ったんですけれども…。娘さんとお嫁さんと訪問看護婦さんで、最期まで一生懸命やりました。
やはり在宅ケアというのは、患者さん中心の医療であって、先ほど宍戸先生が仰っていましたけれども、生活の中の医療であるから、病院医療の持ち込みではありません。具体的にはいろいろとありますけれども、そういう医療だろうと思います。
在宅ターミナルケアにおける疼痛管理
疼痛管理に関して必ず看護師さんの雑誌を中心に「トータルペイン」ということがよく言われています。皆さん、よくご存じだと思いますが、身体的苦痛の他に精神的苦痛、社会的苦痛、霊的苦痛が、がんの患者さんにはあって、それ全部に対して配慮したケアをしなければいけないということになっています。実際によく言われるのは、先ほどありましたけれども、WHOの三段階除痛ラダーです。
「これは身体的苦痛に対する対処法じゃないか」と私などはちょっと考えてしまうわけです。ただ、実際に緩和ケアをやっていきますと、確かに胃がんでお腹が痛いとか、肺がんで胸が痛い、背中が痛い時、こういうこと習得していないと、やはり具合の悪いことが多い。けれども、薬の発達や手法が多様化してきてだんだん対応が上手になると、精神的苦痛、社会的苦痛、そして最後に霊的苦痛というのがいろいろ問題になってきます。ただ、これが全部バラバラに出てくるわけではなく、どうも私の印象ではこれはみんな重なっているんだろうと、そう常日頃いつも考えております。
ですから、そういうことに配慮して対応をしていくこと。一番いいのはやはり宍戸先生が仰っていた、患者さんに安心感を与えるということだと思います。それから社会で活動できる場を与えるということも重要です。こうしたことから、工夫をすればやはり在宅というのは一番いい緩和ケアの場ではないかなと思います。
教科書的なことをもう1度復習しますと、やはり在宅であってもWHO方式が基本となります。それから薬の投与も経口が中心で、場合によっては経皮と、経直腸、持続皮下注など、いろんな方法があります。
先ほど宍戸先生がみんな仰ったので二番煎じですけれども、レスキューはとにかくいつも用意すること。その他にトリガーポイント注射や、簡単な理学療法も良い適応となることが多いです。先ほど体動痛の話がありましたが、モルヒネでレスキューをやるというのも1つの方法です。しかし、理学療法、それからトリガーポイント注射も役に立ちます。後で出てきますが、局所麻酔を入れなくても、鍼刺激でもいいということが、最近、文献的にも出てきますので、こういうことが在宅でできるともっといいと思います。
それから、いろんなシチュエーションで患者さんに安心感を与えることが重要です。これも疼痛管理の非常に大切な要素になると思います。
持続皮下注が在宅では特に効力を発揮します。持続皮下注射でいろいろな薬が入れられるということです。私のところでよく使うのが、モルヒネ、ケタミン、リドカイン、ベタメタゾン、ハロペリドール、メトクロプラミド、スコポラミンなどの薬です。もちろん痛みもいろいろありますが、ステロイドはいろんな目的に使えます。それからハロペリドールも持続皮下注で吐き気のみならず、せん妄や不穏にも使えます。ちょっと変わっていますけれど、死前喘鳴に対する分泌物抑制のためにスコポラミンを使っています。
入浴サービス、心理療法、理学療法、鍼治療を在宅ターミナルケアに
まとめとして、在宅ターミナルケアにおいての私の工夫です。私だけがやっているわけではないと思いますが、大事だと思う点を挙げてみました。
まず最初に「患者さんの体がどうなっているんだろう」ということは、患者さんだけでなく、患者さんの家族はみんな心配しています。だから、「どうなっていきますよ」という話を必ずすることは、本当に大事だと思います。
そのためには、予後についてある程度予想する必要がありますが、この予想が主治医のものと非常に違っていることがよくあるわけです。在宅で自分がバトンを受け取ったら自分が主治医ですので、ある程度食い違いがあっても、しっかり介護者や家族に予後について言っておくということは大事だと思います。
昨日も初診の胃がんのターミナルの患者さんを診ました。病院の主治医との食い違いはなかったんですが、予想以上に状態が悪い方だったものですから、「これはそんなに持たないかもしれないよ」と説明しました。こうした場合、持たない時にどういうことが必要かを話してあげることが大事だと思います。
それから、使っていなくても、とにかくレスキューは渡します。どんなことができるかというのは、やってみなければわからないところがあるので、これはある程度技術が要ると思います。それでも、こうしたことは必要だと思います。痛みだけではなく、吐き気や呼吸困難など、あまり待てないいろいろな症状に対して、あらかじめ薬を渡しておくということです。PCAポンプが使えれば、もちろんそのほうがいいと思います。
それから、あまり話が出なかったんですが、痛みの中には衰えによる筋骨格系の痛みというのが結構たくさんあると思います。それに対して例えば、関節の簡単な理学療法を行う。可動域訓練や若干の筋力強化など、寝たままでもできることはたくさんあると思います。それをご本人や家族の人に頼んでやってもらうということも役に立ちます。これだけでも例えば、寝返りした時の腰の痛みや、起きた時のちょっとした膝の痛みに有効です。こうした痛みはがんと直接関係がない場合も結構あります。こういう時にわざわざオプソを飲むというようなことではQOLが下がりますので、そういうことを工夫することも必要だと思っています。
また、それに関連して、入浴サービスを活用することも役に立ちます。私は市原市でずっと在宅ターミナルケアをやってきましたが、市原市内では結構充実したサービスが得られます。「こんな状態でお風呂に入っていいのか」というようなことを病院では言われていた患者さんに「見ててあげるから、入りなさいよ」と言うと、非常にリラックスできる。リラックスというのが精神的にも身体的にも苦痛を緩和します。そういうことで、もっともっと入浴サービスを使ったほうがいいのではないかと思います。
それから、「在宅ターミナルケアにおける常識を守る」ということ。この「常識」というのは皮肉も込めてあるのですが、これについては後でお話しします。それから、簡単な心理療法もうちで十分にできます。別に医師でなくても、看護師さんでも可能です。私はちょっと怠け者なので、看護師さんにいろいろやってもらっています。
それから鍼治療については、さっき宍戸先生がちらっと言っていただいたんですが、もっと強調して欲しかったなあと思いました。鍼治療は非常にいいです。この前、新聞か雑誌の記事で見たんですが、千葉市は鍼の利用が金額ベースで全国で一番多いんだそうです。鍼師さんはたくさんいますので、これを活用しない手はないなと思って、これから運動しようと思っています。
病院の非常識は在宅ターミナルケアの常識?
在宅ターミナルケアにおける常識をまとめてみました。これはひょっとすると病院で診ている主治医の先生にとっては非常識に思えるかもしれません。こちらの参加者の方々の中ではあまり非常識に感じないかもしれませんが。
先ほど益田先生も仰っていましたが、呼吸困難に対して麻薬や鎮静剤を使用するというのはごく普通のことです。ステロイドも使用します。これは特に緩和医療の世界では普通にやられていることだと思います。この時に気を付ける点など、細かいことはいろいろありますが、うまく使えば患者さんの呼吸困難は今ではラドナールで鎮静しなくても、かなりの確率で和らげられるはずです。
それから、ほとんどの患者さんは脱水です。脱水になって、それに見合うもの、例えばアルブミンとか電解質を見ながら補液をするということが、病院ではまだ行われているようです。けれども、在宅ターミナルケアでは必ずしも補液をしないということですね。補液をしないほうが楽だというのは、緩和医療をやっている先生だったら印象としてはよく理解できることではないかと思います。
それから、食べられなくなっても必ずしも補液をしない。しかも、IVHをムキになってしないというのも、緩和医療の世界ではそんなに不思議なことではないと思います。イレウス(通過障害)を起こすことも、腹腔内臓器、あるいは骨盤内臓器の腫瘍ではしばしばあることです。この場合にすぐ絶食して胃管を挿入するかというとそうではなく、今はサンドスタチンなどという薬もできましたが、それも含めていろいろな管理の方法があります。ですから、マーゲンチューブを挿入するということは、「ほとんどしない」というのが私の印象です。
それから、もちろん病棟ではないので、在宅ではモニターは装着できませんから、死の直前になってもモニターを装着しない。要するにモニターというのは患者さんのバイタルサインの象徴だと思うんです。病棟に行くと、未だに「先生、尿量が何CCしか出ていません。どうしましょう」という話を亡くなる寸前までしている看護師さんもいます。そのようにどうしてもバイタルサインに執着する医療従事者はやはり多いですね。このことは在宅でも考えたほうがいいと思います。
これを克服するには、やはり自然に亡くなっていく患者さんがどういう症状や様子で亡くなっていくのかということを医療従事者が理解していく必要があります。それを理解していなければ患者さんの家族にも説明できません。説明できないと、患者さんの家族はとても不安になって、在宅で看られないということになってしまいます。ですから、この「モニターを装着しない」という意味をみんなでよく考えたほうがいいと思います。
そういうことができれば、死の瞬間に必ずしも医療従事者がいなくても、静かに送ることができるわけです。これは我々がさぼるための方策のような感じですが、決してそうではありません。
簡単な心理療法は身体的苦痛も緩和する
あともう1つ、余談なんですが、私が少し在宅でやっている方法をご紹介します。まずサイモントンプログラムです。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、元々はがんの方の心理療法として約35年ぐらい前からカール・サイモントンという放射線科の先生が開発した心理プログラムです。
元々はがん患者さんのためのものでしたが、これによっていろいろな病気のQOLを上げる、ある場合には延命効果もあるというプログラムです。これはいくつかの心理療法から成っているのですが、説明し出すと時間がかかるので、ほんのさわりの代表的なものだけを挙げます。
まず「喜びのリスト」。これは自分で普段考えていることで何が楽しいかを挙げていくものです。これは人によります。ペットといるとものすごく楽しいという人もいるし、誰かといるとものすごく楽しいとか、何かをしているとものすごく楽しいとか、そういうことが人間にはいくつもあるはずなので、それを挙げていく。できたら書き出してもらうということですね。
それから、「ビリーフワーク」。がんにかかっている方は、いわゆるマイナス思考が非常にはびこっていて、思考が健全でないことが多いですね。例えば、「私はもう助からない。あと半年だって、主治医に言われた」。これを不健全な思考と言いますが、それを書き換えるのです。例えば、「私はだめでないかもしれないし、半年って言われたけれども、半年で死ぬとは限らない」というようにです。ポジティブシンキングとは少し違うのですが、不健全ではない思考でその思いを書き換えるという作業です。これをどんどんやることによって、免疫力は高まると言われていて、場合によっては痛みの治療になると言われております。
それから、イメージ療法ですね。自分の病気、自分、自己治癒力・免疫力との関係を絵に描いたりすることもありますし、イメージすることもあります。それがどうなっているかということを絵に描いて表現してもらうというやり方です。また、は簡単な瞑想法も含まれます。これはイメージ療法と重なる時もあります。
それから、この病気の前後でどんなストレスがあったか、身体的、精神的なストレスがあったかということを振り返ってもらって、それが自分にどういういいこと、悪いことをしているかを考えてもらう。いいことというのは、病気になって何が良かったかを考えてもらうのです。
一見、痛みのコントロールとは何の関係もないように見えるかもしれませんが、この療法を受けている患者さんにインタビューをしたところ、確かに痛みが和らいだり、痛みだけではなく、例えば吐き気や息苦しさが和らぐと言っておられた方もいました。
ですから、これは心理療法と言われていながら、精神的、あるいは霊的苦痛だけではなくて、身体的苦痛にもアプローチできる可能性があると思うのです。それ全体を包括的に行うプログラムもあるのですが、これ一つひとつが非常に簡単なことばかりなので、少し始めたところです。
在宅でのさまざまな苦痛の緩和に期待される鍼治療
麻薬については益田先生がいろいろ詳しく話をしてくださいましたが、いろんな作用があります。鎮痛作用だけではないわけです。それをコントロールするのに、やはりいろんな薬を使わなければなりません。
これを代替医療で緩和できる部分はないのかということで、厚生労働省のがん研究班に入っている関係もあって、鍼灸でどんなことができるか、今、考えております。その結果、痛みや呼吸困難、吐き気など、がんの終末期でいろいろ問題になる症状がどうも緩和できるかもしれないということがわかってきました。
肺がんの脊髄転移で下肢麻痺になってしまって、いろいろ治療をした終末期の方がいました。放射線療法は受けましたが、「化学療法なんか嫌だ。うちに帰りたい」と言ってうちに帰ってきた方ですが、「鍼はやる」と言っていただけました。そして、鍼を亡くなる寸前まで本当に毎日毎日やっていました。
しかも電動型のPCAポンプ付きで、痛みのためにモルヒネを使ったりいろいろしていました。それから、下肢麻痺だからしょっちゅう腸が動かなくなって便秘になって、それでお腹が苦しくなったたりする。バルーンは入れているんだけれど、感染を起こしやすくなって、しょっちゅう膀胱炎を起こしたりする。この方は完全麻痺ではありませんので、膀胱炎によって下腹の痛みとか、違和感があって非常に苦労をしていました。ところが、鍼をやることによって、そうした苦痛がほとんどなくなって過ごすことができました。もちろん食欲も増しました。
ですから、「鍼の宣伝をしろ」と言われまして、この方も「顔を出していい、どんどん写真を撮ってくれ」と仰った方です。「モルモットになるから、やってくれ」と、いつも口癖のように言っていて、「モルモットって、私はそんな実験してるわけじゃないよ」と、いつもけんかしていましたが…。
鍼の世界もいろいろあり、例えば頭にツボがあって鍼を刺す方法もあります。先ほど問題になっていた神経因性疼痛には非常によく効きます。これは中国では当たり前のようにやっているそうですが、簡単です。鍼を刺して電気刺激をするだけです。
それから、耳ツボダイエットというのをよく聞きますが、耳ツボにツボを刺激する機械で刺激を与える方法があります。鍼師さんの中には鍼を刺す方もいます。簡単な機械を使って、耳ツボを刺激することによって、精神的要素が非常に大きい思われる痛みを含めた症状、吐き気などの緩和に役立っています。
それからリフレクソロジーもいいと思います。私はリフレクソロジーは全然できないんですが、市原病院の病棟では随分やっておりました。リフレクソロジーができる看護師さんがいて、これをやることによって患者さんがリラックスできる。リラックスすると、いろんな症状が緩和できる。痛みに関してもいい印象があります。
このようにいろんな手法があります。今まで申し上げたことは病棟でやる必要はなく、みんな在宅で十分できることなので、これを取り入れたらどうかなという、1つの提案でございました。
≪2007年12月2日 在宅医懇話会第1回研修会≫
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