小括
小林クリニック 小林澄子
皆さん、お疲れ様でした。格調高い講演を3人の先生方に伺った後に、私がまたここで痛みの話をしても釈迦に説法でございますので、ちょっと視点を変えて話題を提供させていただきたいと思います。
1ヵ月ほど前に朝起きて読売新聞を見ましたところ、1面の左側に「在宅の看取りが2万7,000人である」という記事がありました。皆さんもこれはご覧になったと思うんですが、「在宅支援診療所の3割が看取りを1人もやっていない。最期まで看取るという義務を果たしていないのではないか」という論調で、朝から非常に気分が悪くなったわけです。
しかも、在宅支援診療所の説明として、「終末期医療を担うために、看取り数の報告の義務づけがされているけれど、一般の診療所に比べて高く請求できる」と書いてありました。
そのうえ、「在宅の看取りとは、医師が定期的に自宅などを訪問診療し、死に至るまで見届けること。医療費、それからクォリティ・オブ・ライフを上げるために看取り推進を医療制度改革の柱に据えている」とこう書いてあるわけです。
頭に来て、次のページ、次のページとめくっていくと、論説のところにもまた「在宅支援診療所の機能に大きな地域差がある。特に最期は病院でというような風潮がやはり強いので、介護療養型のベッドが多いところでは看取りの数が少ない。そして、在宅看取りが最も多いのは都市部、特に東京、大阪、神奈川の順である」と書いてあって、「一番少ないほうは高知と富山」とありました。“人が住んでないんだから、当たり前じゃない”と思いながら見ていたわけですが…。さらに、「在宅専門の診療所があるところは、看取り数が多いです」と書いてありました。
その後千葉版のところまで来たら、なんと在宅看取りの実績が千葉は全国2位であると書いてありました。これは喜んでいいのか、どうなのかと思いながら拝見しました。「一番多いところが105人、次が75人、66人。20人以上の場所が15カ所あって、15人〜19人が21カ所、0人が61カ所」と。「1カ所当たりで6.6人の方を看取っているので、これは全国平均2位である」。さらに、「県の保健医療計画の中に在宅支援診療所の名称も盛り込むこととなっています」とありました。11月にワーキング委員会に出てきましたが、確かに先生方の診療所が逐一全部記載されていました。
ここで私が何を言いたいかというと、まず看取りに対する世間やマスメディアの認識では、私たち在宅支援診療所の医師は、訪問診療をしてただ横で見ているだけということなのかな?ということ。それと看取りの数ばかりに終始していて、その内容や経過に至る検討が全くなされていないのは問題だということです。看取りの数を増やすだけだったら、がんをどんどんたくさん診ればいい。けれども、神経難病であるとか、虚弱老人を診ていくと、その経過は5年、10年と長いですから、ボンボン看取りの機会がやってくるわけではありません。それなのに、1人も看取っていないと言って糾弾するような書き方をするのはいかがなものか、と思うのです。
そして、はたと気が付いたんですが、この「在宅支援診療所」という名前がいけないのではないかと思いました。素人の方が「在宅支援診療所」と聞いたら、“行政からお金をもらって、それでやっているのかな”と思うでしょう。私たちは患者さんを支援する意味で在宅支援診療所をやっているつもりでいるのに、世間一般の人たちが、“高額の点数をもらって、補助もきっともらっていて、おいしい商売”と思っていたらあまりに寂しい。だから、「在宅支援診療所」じゃなくて、例えば「在宅ご協力診療所」というふうに、もっとやさしい名称を付けて欲しいなあなどとも思うのです。
救急とか、小児科とか、産科とか、疲弊してやめてしまっているところが多いですよね。在宅支援診療所は今はなりはじめで元気がありますけれど、私たちもみんなで年をとっていきますから、どこまで続くかわからない。やっぱり長く続けるためには、きちんとしたシステムづくりが大切だと思います。疲弊してもうだめになっている医療をいろいろ見てきていますから、そういったところをみんなで検証しましょう。メーリングリストもございますし、楽しくそこで議論を交わしたいと思います。ぜひ皆さん、メーリングリストをご活用ください。これで小括とさせていただきます。
≪2007年12月2日 在宅医懇話会第1回研修会≫
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