在宅医懇話会

がん終末期の呼吸ケア─緩和医療の立場から

さくさべ坂通り診療所 大岩孝司


呼吸の努力が報われないギャップが呼吸困難

   呼吸困難を息切れと言います。トワイクロス先生のがん患者の症状マネージメントがありますが、息苦しいと感じて一生懸命呼吸をしているが、その努力に対して報われず苦しさが取れないとき、そのギャップが呼吸困難と認識されると理解しています。
 その不一致が起こる要因はいろいろあります。器質的なものとしては例えば肺炎を起こしたり、肺自身が堅くなったりして呼吸がうまくできない、低酸素になるなどです。その他に心因的な要因もあります。痛みについてはトータルペインという言葉がありますが、呼吸困難についても同じ様な考え方ができるのではないかと思います。トータル・デスティニアという考え方ががんの終末期の呼吸困難の患者さんにとっては非常に重要なことではないかと考えています。
 次に呼吸困難の治療の原則です。第一に補正できる点を補正することです。次に薬による治療、薬以外の治療(呼吸のリハビリなど)が考えられます。補正できる呼吸困難の原因としては、肺炎などの呼吸器感染症、ぜんそくなどがあります。肺炎を起こせば当然苦しくなるので抗生剤を使います。慢性閉塞性疾患のような予測される疾患、低酸素血症には薬物療法を行うし、胸水や腹水がたまれば水を抜きます。

呼吸困難はパニックにつながる。早め早めの対応を

 がんの患者さんの場合には、特に臨死期、亡くなる1〜2週間前に息苦しさを感じることが多いので、今日はこの話を中心に行っていきます。
 進行がんの患者さんの場合、比較的元気なときは原因治療をきちんとやっていくことで不一致の補正ができるわけです。ところが臨死期に近づくに従って、原因に対する治療よりも症状緩和の視点での治療が優先されてきます。つまり苦しさを取る治療に力点を置くように変わっていくということです。
その内容としては在宅酸素療法、モルヒネの鎮静剤があり、モルヒネのウェイトがだんだん大きくなっていきます。同時に鎮静剤や抗不安剤を上手に使うことで、呼吸困難がかなり解消されることが多いように思います。ただし低酸素の場合には酸素吸入では息苦しさは解消されないので、ただ苦しいから在宅酸素療法をやればいいという話にはなりません。
そしてさらに症状が進むと、苦しさを取る治療の中でも薬以外の治療のウェイトがだんだん増えてきます。薬以外の治療としては、呼吸法に対する指導、不安や恐れを解消していくことが挙げられます。不安や恐れが呼吸困難として出てきたり、不安や恐れがそれを増強することがあるからです。
痛みに対する不安よりも呼吸困難に対する不安のほうがより強く出てきます。痛みが強くても「すぐに死んでしまう」とは思いませんが、息苦しさは「呼吸が止まってすぐにしんでしまう」という大きな恐怖感につながります。このため後手に回ると、強いパニックが出る場合があります。いったんパニックに陥るとどんなことをしてもなかなか治まりません。早め早めに抗不安薬を出していくことが必要です。 また、息苦しいと本人がパニックになるだけではなく、家族も同じように慌ててしまうので、患者さん本人が落ち着いているためにも、家族に対する適切な助言が必要となってきます。
息苦しさが非常に強くなってくると、薬を飲むこと自体が難しくなってきます。また、息苦しいという意識が非常に強くなると、薬を飲むことが困難になって気持がいっぱいになります。そうした場合には定期的な持続皮下注射や坐薬などの非経口的な方法が優れていると感じます。
 何か対処をしたら症状が緩和できたという実感を確実に患者さんに持ってもらうことも大事なことです。在宅酸素療法は実はがんの終末期の患者さんには必ずしもうまくいきません。けれど、「酸素を吸ったら楽になった」という実感を持つと、苦しいときに酸素を吸えば大丈夫という安心感が生まれます。ところが酸素を吸っても楽にならないと、酸素を吸うことは安心につながりませんから、全く意味がない。  つまり「やれば楽になる」という症状緩和を1つやるということが大切なのです。薬を使う場合には息苦しさに応じて早め早めに投与量を増やしていきます。もちろん副作用も見ながら行っていく必要があります。

在宅酸素の導入が寝たきりにつながる場合も

 病院では亡くなられる前には、ほとんどの患者さんが酸素をする光景が日常的に見られます。それでは酸素はどんな意味があるのか、事例を通して見ていきたいと思います。
 ある患者さんに在宅酸素を導入したところ、その患者さんから「俺、とうとう病人になっちゃったよ」と言われたことがあります。その方は82歳の男性でS字結腸手術後2年で肺転移を来して手術をしたのですが、その後多発転移になりました。一時期は気管のリンパ腺がはれて気道狭窄を来したので、放射線をかけました。それで気道狭窄が解消されて6ヵ月は症状が落ち着いていたのですが、その後にまた喘鳴が出てきて酸素飽和度も下がってきました。  最初はアンペックで効果がありましたが、呼吸困難が非常に強く、診療に伺うとゼイゼイして私には非常に辛そうに見えたし、サーチレーションも50ぐらいになって本当に全身真っ黒でしたから、「とても辛そうだから、酸素吸入をやりましょう」と私のほうから提案しました。患者さんはOKしたのですが、酸素吸入をしたとたんに「とうとう病人になっちゃったよ」という言葉が私どもの訪問看護師にあったわけです。
 それまではベッドの隣に置いてあった机で友人などに手紙を書いていたのですが、酸素を入れたとたんに寝たきりになってしまいました。トイレ以外はベッドから動かなくなってしまい、数日で亡くなられました。
 もう一人の76歳の男性で原発性肺がんの患者さんがいました。この方は苦しくなると、「苦しい」と言って鼻カテを取ってしまう。この患者さんも息苦しくなってきて、やはり私から「酸素はどうか」という提案をしたわけです。すると同じように、酸素を入れたとたんにベッドでの生活が多くなりました。こういうことは普通の患者さんにはあまりないことですが、がんの終末期の患者さんには見られることです。
 この二人の患者さんに共通しているのは、非常に低酸素状態が進み呼吸困難が強いけれど、酸素が欲しいという申し出が患者さんからはなかったことです。医者が提案すると、患者さんは「ノー」とは言いません。酸素吸入を始めます。しかし、酸素吸入を始めたとたんにADLは縮小してきます。
私が酸素を導入した目的の一つは、息苦しさを取って動いてもらい、QOLを向上させることだったんですが、逆にADLが縮小してしまいました。つまり酸素吸入が有効に機能しなかったわけですね。終末期のがんの患者さんに酸素吸入は意味がないことだと申し上げているのではありません。酸素吸入は必ずしも有効ではないこともあるということが言いたいのです。
 どうしてこのようなことが起こるのか、なかなか難しいところですが、一つには次のようなことがあると思います。病院で多くの患者さんが亡くなる前に酸素吸入をします。そのことは一般の人も知っています。このため酸素吸入をするということは、死が直前まで迫っているんだと患者さんは感じるのではないでしょうか。
私はそうしたことに関して「喪失感」という言葉を使っています。普通は喪失感は喪失感として落としどころがあるのですが、がんの患者さんの喪失感は死を意味しますので非常に強い感情が伴い、そのことがADLの縮小につながってしまうのではないでしょうか。つまり酸素吸入が病状の進展、すなわち死を認識させてしまうわけです。ですから、在宅酸素を導入する場合にはそのことを頭に置いておくことが大切です。
 酸素を導入する場合には、医師のほうから提案するのではなく、患者さんのほうから「酸素はどうだろうか」と言われる、あるいは「そのつらさを解消するにはこういう方法があります」と提案し、最終的な選択は患者さんに委ねるという形を取ることによって随分経過は違ってきます。また、「酸素をやって、楽になったな」という実感を持ってもらえるようにすることも重要です。

 先ほどトータルペイント同じようにトータルディス二アという考え方が必要だと申し上げました。私は痛みには「モルヒネが効く痛み」と「効かない痛み」があると表現しますが、そのことを頭に置いた対応が必要だと考えています。同様に呼吸困難にも酸素吸入が効く呼吸困難と意味がない呼吸困難があるという理解が必要だと思っています。

息を吐くことに集中させることが症状緩和に

 息苦しいと余計一生懸命意気をしようとします。一生懸命息をしようとすると、一生懸命息を吸ってしまいます。すると息が上がる、あるいはその延長線上には息ができなくなるということが起こり、さらに呼吸困難を増強させます。そうならないよう息を吐くことに注意を向けることができると、だいぶ楽になります。
 「息苦しい、息苦しい」と訴えてくる患者さんに、「そんなに苦しいなら、息しなきゃいいでしょ」と言って、「ああ、そうか。楽になった」という話が実際にありました。笑い話のような話ですが、本当にことです。
 モルヒネの呼吸困難に対する効果はどこにあるかというと、一つには呼吸抑制作用が効果的に働いているのではないでしょうか。むしろ呼吸を少し抑えることで息苦しさが取れるということです。

下顎呼吸や喘鳴は苦しくないことを家族に伝える

 さらに、家族に対するケアも必要です。何が起こっていて、どうしてそうなっているのか、どうすればいいのか、具体的なことをきちんと理解してもらうことです。症状、対策、不安軽減の方法について、家族、患者さん、医療チーム、ケアチームが同じ認識を持っていることが非常に重要です。
 また、患者さんの息苦しさやつらさを、家族の判断だけに委ねることは危険です。必ず患者さんがどう感じているか、患者さんに聞くことが必要です。患者さんの様子を見て、「苦しそうだ」と感じるご家族が非常に多いのですが、「苦しそうだ」というのは見ている人たちがつらいということであって、患者さんがつらいかどうかはまた別です。苦痛の判断は、必ず患者さんに確認することが必要です。
 亡くなる直前の1日か2日前になると、努力呼吸、肩で呼吸したり、場合によってはうなり声を上げて下顎呼吸をすることもあります。ゼイゼイと喘鳴も起こります。看ているご家族に予備知識がないと、患者さんが苦しくてつらい思いをしていると感じ、正視に耐えない状態になります。とくにゼイゼイ言うのを聞くのは、ご家族にとってつらいことです。でも、肩で呼吸をしたり、下顎呼吸をしている状態は本当に力がなくなった患者さんが一生懸命努力して息をしているから起こってくるものです。舌根が落ちて唾液が貯まったところで息をするから喘鳴が起こってくるのです。決して患者さんは苦しんでいるわけではありません。
実際に心配して見ているご家族の前で患者さんに「苦しい?」と聞いたことがありますが、例外なく患者さんは首を横に振って「苦しくない」と伝えてきます。それを見ることでご家族も安心します。ご家族が安心することで患者さんも落ち着いて呼吸ができるようになっていきます。場合によっては、「もう頑張らなくていいよ」と言うと、「良かった」と言ってスーッと消えるような形で呼吸が止まっていく患者さんもいます。
自然喘鳴や努力性呼吸などが患者さんの苦痛の表現ではないことをご家族に十分に理解してもらう必要があると思います。

がんの終末期の呼吸困難を理解して対応を

最後にがん終末期の呼吸困難の対策についてもう一度整理したいと思います。一番大切なことは、がんの進展、検査値、サーチレーション、酸素飽和度などの数値に重きを置かないことです。例えばサーチレーションが70%だから酸素適応というのではなく、あくまでも患者さんの苦しいと訴える症状がどのぐらいのつらさなのか、そのつらさを中心に考えていくことが非常に重要なことだと思います。
それからがんの終末期の患者さん以外と違うところは、例えば低酸素状態でも在宅酸素療法を行う目的は症状緩和であって、臓器の保護が目的ではないということです。 また、医療側から「酸素をやりましょう」と提案することが良い結果を生まないこともあるということ。つまりがんの終末期の呼吸困難に対する治療においては、急性期の治療の延長線上で考えていくと、かえって患者さんを苦しめてしまうことがあります。がんの終末期の呼吸困難を十分に理解して対策を講じていく必要があるということを頭に置いていただければと思います。


<質問・意見>

質問 ステロイドの適応について教えて欲しい。
大岩 今日はふれなかったが、ステロイドも使うことが多く、有効な薬だ。特に経口で飲めるうちはステロイドを併用するとよい。

質問 呼吸困難が強いときは、がん末期でなくてもモルヒネは使っていいか、その場合末期がんの患者と同じ使い方でいいか。
大岩 息苦しさへの対応としてモルヒネは適応となるし、むしろ使うべきだと思う。がんの苦しさを緩和したところで、改めて原因療法を行っていくことが必要だ。使い方も末期がんと同じでいい。呼吸困難がきちんと取れるだけの量をしっかり使っていく必要がある。

質問 患者さんの症状によっては、今後呼吸困難が出てくる可能性のある方もいる。診療所と連携するときにモルヒネの持続皮下注射が必要になる可能性があると伝えると、モルヒネの処方の管理が厳しいので処方ができないと言われたり、調剤薬局の引き受け手がないなどさまざまな問題がある。持続皮下注射を在宅で実施できるようにするには、どうしたらいいか。 意見 ポンプよりもバルーン式のもののほうが看護師や家族にも扱いやすい。 意見 呼吸困難は麻薬で解決できそうでも、医師が「そこまでは」と二の足を踏むことがある。でも、看護師である自分から「先生にもっと勉強してください」とはいいにくい。
大岩 実際に非常に難しい問題。在宅緩和ケアはかなり専門性の高いもので、呼吸困難は診ることが比較的難しい症状の一つだと思う。そのことに対してどうしていくかは今後の大きな課題だが、在宅診療をしている医師に理解を求めていく努力を継続的に続けていくことが必要だ。 麻薬の処方に関しては、かなり誤解をしている医師が多い。今は麻薬の使用許可さえ出て管理する薬局があれば、麻薬の内服の処方も注射薬の処方もできる。今までは麻薬金庫を開業医が持たなければならなかったが、麻薬金庫がなくても処方ができるところまで規制緩和は進んでいる。
 また、大木さんが言われたように、地域の緩和ケアチーム、あるいはアドバイザーチームを機能させることで、そうしたやりとりもできると。工夫できることはいくつかあると思う。
≪2007年6月10日 第5回在宅医懇話会≫
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