在宅医懇話会

≪1.看取りに関わる問題について 事例検討1≫

●患者プロフィール

A氏 60代 男性 
疾患名:胃がん リンパ節転移(頸部・腹部)
症 状:腹痛、頸部痛、食欲低下、全身倦怠感
現病歴:200X年7月に上記診断
    化学療法施行もPDの評価にて緩和医療科紹介受診
    200X年1月病院緩和医療センターへ転棟
家族歴:妻(60代)と二人暮らし 息子が1人、娘が1人いるがいずれも別居(30〜90分圏内)
    息子の嫁と娘はいずれも妊娠中でA氏の看護や介護は担えない
退院時所見:ECOG PS4
退院時の予測される経過:悪液質進行
退院時の予測予後:PPI予測 3〜6週 週単位

●病院からの報告

  • 1.入院中の経過
     痛みはデュロテップパッチ5mgとレスキューのオプソ20mgでコントロールができていた。緩和医療センターへ転棟後、抗がん剤治療をやめてその影響が取れてきたこともあり、食欲も増して表情も良くなった。妻もA氏の様子に大変喜んでいた。
     全身状態としては、筋力、体力の低下があり、歩行中のふらつきが強く見られたが、体力が回復するとともに、歩行器を使用してトイレでの排泄が可能になった。仙骨部に褥創形成があったが、改善傾向。
  •  2.退院調整
     看護師や医師からの紹介ではなく、妻が直接、「帰ってもいいと言われたが、不安なので相談に乗ってほしい」と在宅支援センターにやってきた。妻が退院を自己決定するまでに感じていた不安や問題は以下の通り。
     (1)在宅療養ではどのような社会資源が使えるのか(介護保険、訪問診療、訪問看護について)。
    (2)どんな医師や看護師が自宅に訪問してくるのか。
     (3)できるだけA氏が楽に生活するにはどんな準備をすればいいのか。
     家に帰ってまた病状が悪くなるのではないかという不安はあったものの、社会資源などのさまざまな情報を提供することにより、とにかく帰宅を目標にしてみようと夫婦で決めることができた。在宅においても症状コントロールをしながら過ごすことが可能であること、近くの在宅医を紹介し、その医院の方針で訪問看護師やケアマネージャーはコーディネーターが手配することになっていることを説明した。
     退院日が決定するまでに妻が感じていた不安や問題は以下の通り。
     (1)ベッドは具体的にはどんなものがいいか。
     (2)歩行器は病院と同じようなものが借りられるか。
     (3)ケアマネージャーとうまく連絡が取れず、ベッドや福祉用具が決まらないことで退院日が設定できない。妻は緩和医療センターでA氏が元気を取り戻したことを大変喜んでおり、自宅でも病院の生活スタイルをできるだけ変えずに生活できること望んでいた。ベッドはキャスター付きのものを望んだが、ケアマネージャーから「キャスター付きのベッドの貸し出しは行っていないと聞いた」という訴えあり。キャスター付きのものも貸し出し可能と伝え、妻と一緒にカタログを見ながら相談をしてベッドを選び、退院日を決定した。
    在宅医との連携については、患者情報を在宅医に提供し、在宅医のコーディネーターとの面接を実施。その後、訪問看護ステーションやケアマネージャーも交えたカンファレンスを開催した。ベッドについては、ケアマネージャーに相談して手配を依頼した。
     反省点は、ベッドなどの福祉用具についての直接の調整役になってしまったこと。妻からケアマネージャーに直接連絡を取ってもらうようにしたほうが良かったように思う。

●居宅介護支援センター ケアマネージャーからの報告

  • 1.カンファレンス前のアセスメント
     カンファレンスに向かう前の時間を利用して30分ほど自宅を訪問し、トイレや浴室などを見て、ベッドの位置についても話し合った。妻は歩行器の利用を希望したが、廊下がとても細く、あるものにつかまっての移動のほうが良いのではと考え、本人がどのぐらい歩けるかを見てからベッドの向きや歩行器の利用について決めるほうがいいのではないかと提案した。
     その後、妻と一緒に病院へ向う車中で介護についての希望を聞き、家族の考えをアセスメントした。病状に対する不安が強かったので、それは在宅医に任せ、少しでもA氏が家に帰って良かったと思えるように努力をする旨伝えた。
     妻はA氏を介護するに当たって、病院と同じような条件を家の中に作り上げたいと思 っているのではないかという印象を強く受けた。入浴についても病院で練習して自分で入れることができると考えていたが、家の風呂はとても狭く、不慣れな妻が介助入浴をするのは危険ではないかと考えたが、そのことについては話さなかった(その後、カンファレンスで訪問看護師が入浴するということで安心)。
  • 2.福祉用具について
     福祉用具を決める段階で、A氏の妻にキャスター付きのベッドが借りられないとは伝えていない。自分は借りた経験がないので、搬入にかかる時間を調べてみないと即答は できないと説明したのだが、うまく伝わらなかったようだ。ベッドの搬入日が決まらないから退院日が決まらなかったのではなく、退院日が決まらないからベッドを搬入できなかったと理解している。
     特にターミナル期の場合はいつ急変するかわからない。退院する前にベッドを入れてしまい、退院前に亡くなった場合には全額自費負担になってしまうし、1度も使っていない福祉用具になぜ費用を負担しなければならないのかというクレームにもつながる。そのため、納品は退院日が決まってから手配をし、退院前日には搬入するとA氏の妻には伝えてあった。
     今回のケースには該当しないが、介護保険法の中に特定の業者を9割を超えて使ってはならないという規定がある。病院側で業者を決めてしまい、万が一ケアマネージャーがその業者だけを使っていた場合、利用が9割を超えてしまったら減額になってしまう。
     加えて、ターミナル期は病状の展開が急なため、無理の利く業者、ターミナルの状況をよくわかっている業者と付き合いたいという思いがある。退院当日、ポータブルトイレやシャワー浴チェアなどを購入したいという話で、妻から「何点か持ってきてもらえるのか」、「どれぐらい割引が受けられるのか」「どれぐらいの期間で入れられるのか」などの質問があったが、残念ながら取引のない業者だったので即答できなかった。
     業者の担当者は外回りをしていることが多く、電話連絡がその場でつかなかったため、とりあえず購入物品については施設のものを貸与し、様子を見ながら後で相談することにしたが、そうしたことも踏まえて業者の設定をしたいという思いは残った。
  • 3.居宅サービスの利用について
     必要があればいつでも相談に乗ると話してあったが、入浴の問題が解決したせいか、依頼がなかった。メールでお困りのことがないか尋ねたが返信はなかった。退院1週間後にヘルパーの利用に際して聞きたいことがあると電話があり訪問。料金や利用内容等を説明した。
     翌日、3日後に病院に息子が入れ歯を取りに行ってくれる予定だったが、都合が悪くなったのでヘルパーに代わりに行ってもらいたいと電話あり。生活援助については1時間半以上の時間を設定できないが、自分が運転していくということで、業者の了解を得てヘルパーに行ってもらうことができた。
     その時、妻から買い物に出られなくて困っていると相談あり。ヘルパーに留守番を頼んで買い物に出かけることができることを説明したが、そうした利用の希望はなかった。
     入れ歯を届けた翌日、その調整の依頼があり、訪問歯科のデンタルサポートを依頼した。その翌日、2時間を設定し、清拭や足浴、着替え、ベッドのリネン交換を行う。穏やかで痛みがある様子はなく落ち着いていたが、かなり疲れていたようだったと報告あり。
     数日後、訪問歯科の医師が口腔内の状況を診察。状況が改善されないまま、その翌日にヘルパーが入った時点ではかなり状態が悪く、何もしてあげられない状態だったが、ベッドの周りを清掃する際、隣室のこたつへ入りたいと希望があり、移動して寝かせてあげると、とても喜んだという話だった。
     その翌日、妻から「今日亡くなりました」と電話あり。私の介護における基本理念は「介護者が輝かないと、良い介護は生まれないのではないか」ということ。介護者がストレスフルだったり不安があると、悲しい在宅生活を送る結末になるのではないかと考えているが、A氏のことも妻のことも輝かせてあげることができず残念だった。
     その原因の1つはケアマネージャーがどういうものか、ヘルパーがどのようなサービスが提供できるのかの説明が十分にできなかったことだと考えている。ただ、先日電話で呼ばれお邪魔した時、「あの時は愚痴やら、たくさんのお話を聞いてくれてありがとう」という言葉をいただいたので、それが自分にできた唯一のことだったと考えている。

●訪問看護ステーション看護師からの報告

  • 1.はじめに
     ターミナルの方を受け入れて看護を実践していくためには、全人的なケアが必要であり、身体的変化を予測する能力の向上とコミュニケーション技術が必要であると考える。
     家に帰ったら元気になれるという思いで在宅療養に移行し、そのまま在宅死されたA氏の事例をそのまま在宅ターミナルケアの条件に照らし合わせて、訪問看護の視点から在宅での看取りを達成する要因を検討して報告する。
  • 介入期間:28日間(地域連携退院指導時から看取りまで)
  • 訪問回数:6回
  • 訪問看護の目標:心が安定して、本人の思いに沿って穏やかに在宅での生活を送ることができること
  • 2.在宅ターミナルケアの条件に照らした評価
     (1)在宅ターミナルケアの条件1 本人が自宅での死を希望している。
      退院前、A氏は入院している今のように家に帰ってからも安定して過ごせるだろうかと、強い不安を抱えている様子があった。家に帰ったらもっと元気になれると言われたことに対して期待している反面、病院への依存の気持ちを残したまま退院準備をしているような印象を受けた。
      退院直後は病状変化も予測されるため、精神的不安感も強いのではないかと考え、休日でも訪問看護の介入が可能なことを伝えた。A氏自身は訪問看護を希望したが、妻より「家の中が落ち着かないと思うので」との理由で依頼はなかった。退院当日は訪問診療の介入があったことにより、A氏はとても安心したと考えられる。
     在宅療養時、訪問のたびに希望した介助入浴で関わる中、看護師が訪問するのを心待ちにして、顔を見たとたん風呂場に移動する行動が見られた。療養生活に慣れ始め、退院後1週間の経過で病状に大きな変化が見られなかったことから、A氏の不安は軽減されていたものと考えられる。妻が調理する食事を三食おいしく食べられており、ピザが食べたいと注文したこともあったという。排泄に関しては、日中は1人で歩行器を利用してトイレ歩行をしていた。
      終焉の前日から下血を繰り返していたが、その状況下でも1年ぶりの姪との再会を懐かしむことができた。在宅死を希望するとは表出していなかったが、再入院したいとの声も聞かれず、その時々のニーズに応じて適切なケアを行えたことにより、最期まで住み慣れた家で1日1日を大切に過ごせたと確信している。
     (2)在宅ターミナルケアの条件2 家族もそれを望み、一定の介護力があること地域連携退院指導時、「まずは家に帰ってみないとわからない。訪問看護は何をやってくれるんですか」との妻の言葉より、家での生活のイメージができていない不安、自分1人で介護を担わなければならないという気負いが感じられた。
      在宅移行時は在宅療養に対する漠然とした不安を持っているが、訪問介護の介入は介助入浴だという意識が強く、その他の希望はなし。合計5回の介助入浴を行った。入浴後のデュロテップパッチの管理、褥創処置などの医療的な関わりがあったので、訪問看護師の介入が望ましいと考え、介助していた。その間、妻は家事や近医への受診など自分の時間を作ることができた。
     A氏の左頸部のリンパ節の腫脹にびわの葉療法を施したり、下肢の浮腫へ対処したり、マッサージやリハビリの方法を看護師に問い、介護に対するやる気、A氏を思いやる心、療養が自分たちでもできる工夫やそれに対する自信が感じられた。
      退院後2週間目から妻に身体的・精神的な介護疲労(腰痛、足の痛み、睡眠不足とそれによる頭重感、他の家族のサポートが期待できない不安など)が目立ち始めた。
     妻の介護スタイルが確立されていたので、それを認め、介護の労を労い、セルフケアが維持できるよう、精神面でのサポートを心がけた。
      終焉期には、「午後1時に下血がありました」、「午後6時頃よりいびきをかきはじめ、眠りに入った」「9時にはすぐには来てもらえると思って待っていました」と状況変化に動揺することなく報告。看取りへの心の準備はできていたと思われる。
     ただ、最期に「あなた私に最期の言葉もなく、こんなふうに簡単に何で逝ってしまうの」と予期してはいても、起きてしまった現実に困惑していた様子ではあった。しかし、最期まで自宅で看取れた満足感や安堵感の表情も見受けられた。
     (3)在宅ターミナルケアの条件3 疼痛コントロールができていること
      退院の時点で疼痛コントロールは良好に保たれており、退院後2週間は安定した経過で、便秘や吐き気などの副作用は見られなかった。日中眠気はあったものの、それに対するA氏の苦痛は聞かれなかった。亡くなる2、3日前より腰背部痛のため、夜間不眠となったが、レスキューのオプソは本人の希望で内服せず。
     (4)在宅ターミナルケアの条件4 昼夜問わず医師の往診が可能であること
      主治医は在宅療養支援診療所の宍戸内科医院だったので、24時間365日体制のサポートが行われていた。
     (5)在宅ターミナルケアの条件5 訪問看護体制が整っていること
      当ステーションはプライマリーで24時間連絡体制を取っており、在宅医には在宅医療コーディネーターもいるため、在宅主治医との連携が強化できた。また、日頃から関係職種との連携体制があり、自施設内での緩和ケアの提供体制も取れており、記録も整備されている。
  •  
  • 3.まとめ
     在宅移行時にすべての条件が満たされていなくても、在宅療養を送る中で条件が満たされていけば、在宅での看取りは達成できると考える。

●在宅緩和医療を行った診療所医師からの報告

  • 1.在宅療養における立場
     在宅療養における立場としては、(1)病院側、(2)在宅医療を行う診療所、(3)訪問看護(訪問看護ステーションなど)、(4)訪問介護、(5)ケアマネージャー、(6)患者、(7)家族、(8)その他の家族が挙げられる。このうち(8)については、一緒に暮らしている家族が横からいろいろ言われて困惑することもある。
  • 2.在宅療養の流れ
     患者が入院している場合、病院側では患者からの退院の希望が出てきたら、家族の調整をして退院準備となる。その後、在宅療養希望者の紹介があり、そこで在宅医から在宅療養の説明があり、1度病院に戻ってもらい、退院準備ができると在宅医療・介護が始まる。在宅での療養が継続できればそのまま在宅死となり、それが無理な場合は再入院となる。
  • 3.退院時の状況
     A氏のニーズは住み慣れた家で過ごすこと。妻は本人の希望をかなえてあげたいというニーズはあったものの、最期まで在宅でということは考えられない、1日1日を良かったと思って過ごせるようにしたいと考えていた。
     病状理解については、A氏は「抗がん剤はもう効かない、症状コントロールをして、良い生活を送っていけるように緩和医療を選択した」ということ。妻は「余命を聞こうと思ったが、不安になるのでやめた。1日1日を大切に過ごし、困ったことが起きたらその時に考えていこうと思った」とのこと。「家に帰ったら、もっと元気になると言われたので期待している」と語ったが、多分、病院では別の言い方をされたのを自分の都合のいいように解釈してしまったのではないかと思われる。
     また、A氏の前では、「また悪くなったら困るから」という発言が多く、A氏自身が何か言おうとしても、遮ってしまう傾向があった。
     初回面談、初回訪問時の不安や困っていることは、A氏自身は家に帰ってきてホッとしているが、苦しまないか不安がある。どういうシステムで支援してくれるのか心配だとのこと。ただし、退院時点で困っていることはなし。妻からは「経験したことがないので不安」との訴えが聞かれ、病院でやってきたことを自宅でも行うことで安心感を得ようとしている印象を受けた。
  • 4.初回訪問時の評価
     妻の思いが今後の在宅療養に与える影響が大きい。現時点では病院の延長線での対応が可能だが、病状が変化してきた時に果たしてそれをみていくことができるかという危惧あり。また、妻の思いから、予後予測をした上での今後のことについての話し合いができなかった。
     妻自身は1日1日を良かったと思えればいいと考えていたため、病状が変化した時、在宅なのか病院なのかは関係ないと思っているように考えられた。そのことに関して本人の思いを妻は知らないようで、いつも妻がA氏を叱咤激励するような言動を取るので、A氏からのニーズが聴取しにくかった。
  • 5.在宅ホスピスケアの普及を妨げる要因に照らした評価
     蘆野吉和先生が2002年に『癌と化学療法』で発表された「在宅ホスピスケアの普及を妨げる要因」に照らして、評価を行った。
     (1)本人の病状や病名が正しく説明されていない。
     病院側からの報告の通り、十分に説明がされていたと考える。
     (2)がんに伴う苦痛(特に痛み)が施設内でも十分に緩和されていない。
     日常生活を送るに当たっては困らないようにコントロールされていた。
     (3)医師が治すための治療をなかなかしない。
     既に緩和ケアのみになっていた。
     (4)患者や家族ががんを治すことに過大な期待を持ちすぎる。
     A氏は十分に病状を理解している。妻もおそらく理解はしているが、今後のことについては考えないようにしている。そのためか、A氏の前では病状が良くなるように思っていると受け取れる言動が見られることもあり、日を重ねるに従い、A氏がそれを煩わしいと感じていると思えることもあった。
     (5)進行したがんをもった患者に対する訪問医療体制が整備されていない。
     体制はある。
     (6)在宅ホスピスケアの知識や技術をもった医師や看護師が少ない。
     一応知識や技術はあると思っている。
     (7)病院で看取るのが当然と考えている。
     自宅で最期までという表出はないが、病院で看取るのが当然とも考えていないと思われる。
     (8)65歳以上は福祉サービスが受けられない
     現在では、末期がんに限っては40歳以上なら福祉サービスの提供体制あり。該当しない。
     (9)介護者を支える社会支援システムがない。
     該当しない。
     (10)保健薬局での薬剤使用に規制が多い。
     該当しない。
     (11)在宅ホスピスケアでは保険金が下りない。
     経済的に困っているとの訴えは、少なくとも医師にはなかった。
  • 6.その後の経過
     妻とは予後についての話ができなかったため、長男と診療所で面談を行った。長男は「病状の変化があれば、その時の家族の状況も踏まえた上で入院も考えていきたい。自分の母の体調が心配。とりあえず今は家で過ごせればと思っている」と語った。訪問時には、A氏も玄関まで見送りに来てくれるので、妻と十分に話をする時間が取れなかったが、妻自身も週単位で変化する身体の状態には気づいていた。「心の準備はできている」との言葉も聞かれた。
     こうしたことから、妻の身体的な介護疲労が強くなりすぎなければ、自宅で最期まで過ごせると思われた。
  • 7.臨終期
     妻が下血に気づく。A氏より苦痛の訴えはなし。訪問診療は前日まで行っており、その時は本人も歩行器を使って玄関まで歩行してきた。
     妻より電話があり、消化管出血が起こっている可能性があることを話し、腫瘍の消化器への浸潤が原因として考えられ、止血は困難と考えられること、日から時間単位であることを伝えた。妻より「病院へ」という話は出なかった。
     「このままみていけますか」と聞くと、「みていけます」という答えだったので、往診はしないで電話だけで済ませた。呼吸停止という連絡があって、往診して死亡診断。訪問往診は5回、訪問期間は20日。基本的に週に1度の訪問診療体制を取っているが、看取り以外に通常往診以外の往診が必要な状態にはならなかった。
     消化管出血を起こしても妻が落ち着いて看取れた背景には、妻の自宅で看取る気持ちが少しずつ固まってきたことがある。訪問開始2週間後辺りからは、それまで盛んに聞かれていた「病院では…」という妻の言葉が少なくなってきた。

●在宅緩和医療を行った診療所の医療コーディネーターからの報告

  • 1.訪問診療と連携体制について
     地域ごとに訪問看護を行っているが、足りない部分については訪問看護ステーションにお願いしたり、介護保険の部分ではケアマネージャーや居宅介護支援サービスの皆さんと連携を取りながら、訪問診療を行うスタイルを取っている。
  • 2.ケースの問題点
     この事例の場合、A氏の妻は関わっている人それぞれに、その場その場で言っていることが異なり、妻の本当のニーズが見えてこなかった。また、A氏本人のための訪問診療であったはずだったが、本人の思いは表に出てこず、すべて妻の要求が出てきているような状況があった。
     当診療所の訪問診療のスタイルとして、いろいろな業者と関わり、コーディネートをしてきているが、介護保険には介護保険なりの、訪問診療には訪問診療なりの、訪問看護ステーションにはステーションなりの体制がそれぞれにあるわけで、お願いするのであれば、すべてをお任せしなければならないということを、今回の事例を通して改めてケアマネージャーから教えられた。
     また、家に帰ってくるに当たって、妻が病院を家の中に作ろうとされているのを強く感じた。病院を家に持ってくるのではなく、家族が在宅でみていける力をつけていくことが大切だと考えている。どんなに急いで駆けつけても20分以上はかかるので、その間家族がなんとか対応できる力がつけられるように支援することが、在宅を成功させる鍵ではないかと思う。
 

●質問・意見

質問 NSAIDsは使っていたか。
診療所医師 デュプロパッチとNSAIDSを使っていた。
質問 妻が叱咤激励したり、予後について自分の都合のいいように解釈したり、その場その場で関わっている人に違う話をしているという話があったが、A氏と妻との関係は難しくはなかったか。
診療所医師 それについては関わっている我々皆が感じていたことだが、妻は元々その場その場で各方面に対していい顔をする人で、A氏との関係も病気になる以前と変わらないという話を長男から聞けたので、その妻の性格をそのまま受け入れることとした。
質問 訪問看護ステーションの看護師さんの「在宅での看取りを満たす条件がすべて揃わなくても、在宅療養を行っていく経過の中で1つひとつ整えていくことは可能だ」という話が印象的だった。具体的な話が聞きたい。
訪問看護ステーション看護師 先ほどの在宅ターミナルケアの条件はあくまでも在宅看護論からの引用で、在宅死を希望している人はいないと思う。在宅死ではなく、在宅療養を希望していることは絶対条件。一定の介護力があるということに関しては、妻のスタイルが確立されていたので、直接手を下すのではなく、精神的なサポートをしたのが結果的にいい方向につながった。
質問 看護師が病院でやられていることは、本来医療ソーシャルワーカーがやるべきことも含まれているのではないかと思うが。
病院看護師 当病院では地域連携が3つに分かれており、患者相談支援センターにソーシャルワーカーがいる。ソーシャルワーカーのネットワークには病院情報が張り巡らされているので、転院などで他の医療機関の情報が知りたい時や経済的な面については、ソーシャルワーカーが対応しているし、必ず相談するようにしている。
 一方、患者相談支援センターに家族が在宅で困っていることを相談に来たり、訪問看護の希望がある場合には、私のほうに回ってくるようになっている。
 在宅移行においては、予後予測や起こりうる症状の予測をし、どこにつなげばいいか考えて連携を図っている。ソーシャルワーカーにもだいぶ医療のことがわかる方もいるが、病状的なことがわからないという悩みも聞くので、その部分は私に投げてもらい、対応したいと考えている。この体制になったのは11月からだが、連携数は軒並み増えており、在宅死も24例となっている。そうした意味でも、看護師が在宅支援をコーディネートする意味はあると思う。
意見 A氏の妻が病院の連携室を何回も訪ねて、そのたびごとに看護師がその不安や心配を丁寧に聞いたことが大事なことだと思った。患者の家族がいろんな人にその時に抱えている不安をしゃべって歩けるのはいいこと。その1つひとつを解決するためにすぐに対応しようと思わず、看護師やケアマネージャーなどが吸取紙のように心配事に耳を傾けていき、ケアプランなど、具体的なことはやっていく中で決めていけばいいのではと考える。
意見 ターミナルの患者が病院から家に帰るには、清水の舞台から飛び降りるのと同じぐらい勇気がいる。退院時に病院は木村看護師のように「大丈夫、大丈夫、いい先生がいるからね」と患者さんや家族を安心させることが大切。たとえ諸々の条件が整っていなくても、退院に導いてくれれば、私たち在宅医が責任を持って診る。あえていえば、本人に退院の意思があるが前へ進めない場合は、だましてでもいいから、退院を促して欲しい。
意見 A氏やその妻が病院のスタイルを家に持ち込むことにこだわっていたのは、恐らく病院に対する信頼感が非常に厚かったからで、病院の医療が良かったからだと思う。また、A氏が亡くなった時もすぐに連絡せずに耐えるだけの力が妻にはあったのだから、訪問看護や介護に頼らずに自分でやろうと考えていたのだと思う。 意見 妻にとっては医師も看護師もヘルパーも、女である場合には、ジェラシーを感じさせないことが大切と考えている。妻が訪問看護師に入浴だけを依頼したところに深い意味があるように思う。

●病院緩和医療センター 部長のまとめ

 A氏は緩和ケア病棟に2ヵ月入院してからの在宅移行事例。経過を見ながらきっかけを探していたが、結局2ヵ月経ってしまった。「だましてでも早く」というご発言もあったが、結果的には長い間、緩和ケア病棟で診てしまったというのが反省点だ。
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